宮城旅行その3~石巻・女川

12月になりました!札幌もずいぶん雪が降り、外は真っ白です。

今年も残すところ4週間。早いですね。。。

 

さて、宮城旅行3日目の午前中は、石巻と女川に連れて行ってもらいました。

そう、被災地です。

 

正直、旅行の計画を立てている段階で、被災地に”行きたい”とか”見てみたい”と口にして

いいものかどうか、かなり迷いました。が、このタイミングで宮城に行く機会があるのに、無視して

帰ってくるというのも自分としては何だか違うような気がしたので、連れて行ってもらうことにしました。

 

交通手段も復旧していないとのことで、車での移動、石巻を通って女川へ行き、石巻に戻ってくる

(その後、松島へ)というルートです。

女川へ向かう途中で石巻を通った時には、割と内側の道路、商店の立ち並ぶような道を通ったのですが、それでも津波の跡が見られました。津波の来た高さには線が入り、変色してしまっています。

もちろん半壊していたり、地盤沈下のひどい建物も多かったです。

 

それから市街地を抜けて女川町へと向かいますが、このあたりから様相がさらに大きく変わります。

津波の威力を物語るかのように、土台から根こそぎ持っていかれたり、建っているのが信じられない

ような崩れ方をした家々。逆さまになり、本来あるべき位置とはかけ離れた場所に置き去りにされた

大きなビル(だった建物)。ある学校のグランドに山積みになっている大量の、本当に大量の瓦礫を

見たときには、車中で座っていたにも関わらず足が震えるのを感じました。今は瓦礫と化したこれらも、

元々は人が生きていた場所であり、証であったはず、、、そんなことが頭を過ぎりました。

 

女川の町立病院が建つ丘の上から見た光景は今でもはっきり覚えています。

そして私は言葉が出ませんでした。その光景も、それを見た時に自分の中に浮かんできた様々なことも、どんな言葉を使っても、言い表すことができそうになかったからです。  とにかくすごかった。

津波の威力、そこには街があったはずだったということ、8ヶ月以上経った今でもこの状況だということに愕然としました。写真を撮る気には、とてもなれません(そんなわけで、このページには一切写真がないのでした)。

 

帰りに石巻を通った時には海に近い方を通ってくれました。行きに通ったエリアの比ではありません。 

 6~7年前に石巻に来た時にを訪れた文化センターの跡すらなく、市民病院だけが建物の形を

残していました。記憶の中にあった町並みと重ね合わせることも難しい状況です。

 

その後に向かったのが笹かまぼこで有名な白謙蒲鉾店の門脇工場直売所です。

購入後すぐ、車内で頂きましたが、とってもおいしかったです!味はもちろん、歯ざわりや食感が絶妙でした。その前後にも複数のお店の笹かまぼこを試しましたが、私には白謙のものが一番好みで、

おみやげの笹かまはここのものにしました。

友人の話によると、この工場も被災したものの、かなり早い段階で復旧させ、

出来立ての温かいかまぼこを避難所や仮設住宅に配っていたそう。本当に頭が下がります。

 

 

たった半日行って、見てきただけで何がわかるんだと言われてしまえば、本当にその通りです。

でも、新聞やテレビでしか知らないのと、たとえ8ヶ月経ったあとの姿でもこの目で実際に見るのとでは、全く違います。震災直後に比べるとニュース全体に占める割合も当然減っていく中で、少しずつ

”過去のこと”になりつつある感は否めません。そんな中、今回実際に訪れて、現在の様子、

今この瞬間に起こっていることをわずかであっても知ることができてよかったと感じています。

いつかまた同じ場所を訪れて、変化した様子を見たいと思うと同時に、被災地の復興、被災した方々の

穏やかな生活が取り戻されることを願ってやみません。

    since 2010.09.19